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優しい笑顔は思いやりの世界共通言語。”持ち家ない。お金もない。伴侶もいない。あるのは覚悟だけ。”黄昏ひとり暮らし ”孤独を楽しく”生き方webメディア。

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【美しき人であれ】ひとり老後の生きる指針

勢古浩爾(著)「ただ生きる」

の中の一節を引用したい。

「わが弟子よ、美しき人であれ」

この言葉は、宮本昌孝の

「天離り果つる国(下)」

という小説の中の言葉である。

「わが弟子よ、美しき人であれ」。

この言葉は、

羽柴秀吉の軍師だった若き竹中半兵衛が

弟子の津田七龍太に、

形見の扇に遺した言葉である。

「朝露の如き人生をいつ果てるとも知れぬ

いくさばかりの日々のままに送るのは、

つまらぬことよ。

武士は花ではない。

人だ。

人は、

心と体で存分に生を楽しんでこそ美しい。

わが弟子よ、美しき人であれ」

津田七龍太はフイクションの人物だが、

実に魅力的な人物に描かれていて、

この言葉を受けるにまことに相応しい。

「人は、心と体で存分に生を楽しんでこそ美しい」

だれもがそうできるならと望む。

「わが弟子よ、美しき人であれ」

だれもがそうありたいと願う。

あるいは親愛なる者へ

そうあれ、と願う。

「わが弟子よ」は「わが子よ」でも

「わが孫よ」でもよい。

「わが母よ」でも「わが妻よ」でも

「わが恋人よ」でもいい。

人が「美しい」とはなにか。

見た目も美しければいうことはないが、

心映えの透明さのことであろう。

白洲はそれを「良心」といった。

どうしたらその「美しさ」「きれいさ」

がわかるのか。

それは外に現れる。

言葉遣いであり、立ち居振る舞いであり、

人との関係における態度であり、

事に臨んでの身の処し方である。

つまり、

人を人たらしめる人間元素である。

人に不可欠のものだ。

「美しき人」。

心さそわれる言葉だ。

自分のこころのなかをのぞきこんでも、

美しくない部分は多々あるし、

人間てものは所詮汚いものだよ

ということも事実ではあろうが、

だからこそ、なおさら、

「美しき人」に魅かれるのだろう。

だからこそ、白洲次郎の

「自分の良心はきれいだと思ってる」という

言葉にも惹きつけられるのであろう。

「わが弟子よ、美しき人であれ」。

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