今日の一葉
〈黄昏のひとり暮らしはミニマムな暮らしになる〉
振り返れば、40代の10年間は、私、妻、息子の親子3人の暮らしで、
郊外の4LDKの二階建て戸建に、それこそ、あらゆる物が、
パンパンに詰め込まれた状態で、それでもまだ入り切れない
ありとあらゆる物が、実家に置いていたり、会社の倉庫に
持ち込んでいたり、それでもその当時は、そんな生活を
何も考えずに、さもそれが当たり前のように暮らしていた。
今考えると、ホントに無駄な物が多かったし、不必要な物
だらけの中で暮らしていたような気がする。
実際、それまでの30代の10年間は、
同じ親子3人の生活でも、2LDKのアパートで
暮らしていたわけだから、いかにその40代の10年間が
贅肉だらけであったかということが証明される。
確かに、働き盛りでもあったし、周囲との関係性も、
人生で一番、活発にコミュニケーションを図る、
そんな時期であったというのもあるのだとは思うが、
それでもときには、断捨離してみようとか、
ちょっとシンプルにしてみようとか、
そんなことを考えないわけではなかった。
しかし、その都度、
いつか使うんじゃないか、
捨ててしまうと寂しいだとか、
そんな気持ちが優先してしまって、
結局、何も変われないまま、時だけが過ぎた。
それが、50代になって、子どもも育ち、
妻の病気の介護や何かを優先して、
思い切って、市中心部のマンションに越した。
そのマンションが2LDKということで、
必然的にそれまでのあらゆる持ち物の断捨離をした。
おそらく、5分の1を残して、5分の4は処分した。
それでも、2LDKのマンションはパンパンの状態で、
シンプルライフとは程遠い状態で、
今にもものが溢れて飛び出そうな状態だった。(笑)。
そして、60代でひとり暮らしになって、
もっとシンプルに暮らさないと、と一念発起して、
部屋数はそう変わらないけれども、
スペース自体は、それまでの3分の2くらいなので、
必然的に引越し時に断捨離をして、
かなりの物を処分したのだけれども、
それでもまだ、断捨離し切れてない状態ではある。
最近つくづく思うことだけれども、
初老のひとり暮らしになると、
あらゆるモノやコトが、心の負担になるというか、
何か脂っこい物を食べて胃にもたれているような、
無駄に増えた身体の贅肉が負担に感じるように、
ミニマムでない暮らしや、
シンプルでない暮らしが心に馴染まなくなってきた。
持ち物をできるだけ減らし、
必要最小限の物だけでシンプルで丁寧に暮らす
そんなミニマムなシンプルライフに憧れる
今日この頃。
最期は、1DKくらいでひっそり暮らしたい。
もっともっと断捨離しないと!(笑)。